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私がカジュアル着物ニストになるまで 初めて和服を着た日

そうだ、浴衣を着よう

「ねえ、私達も浴衣を着て、花火見ない?」
高校3年の夏のこと。
高校最後だからと、友達と一緒に、花火大会に行くことになった。
「浴衣を着てくる人も、いっぱいいそうだね」と言った友達に、気づいたらそう提案していた。

 

幸い友達も、浴衣で花火大会へ行くことに賛成してくれた。
友達は浴衣を持っているとのことだったが、私は持っていなかった。
まずは買うところからだ。

当時の私が知っていた「普通の着物と浴衣の違い」は、「浴衣のほうが着物より安いことが多い」程度。
高校生の私にとって、着物に手を出す一番のネックは金額だ。
だけど憧れの着物、というか浴衣を着られるのであれば、数万円ならバイト代で出す覚悟はあった。
単に浴衣を着るのではなく、友達との花火大会のための服だから、なおさらだ。
学校帰りに寄れそうな呉服屋さんを調べ、銀行でバイト代をおろしてから突撃した。

私のカジュアル着物ニストの道は、ここから始まった。

 

 

いざ、呉服屋さんへ

高校生の私が足を踏み入れたのは、百貨店の1階。
スーツを着た店員さんが接客してくれる、いかにも呉服屋さん、という雰囲気のお店だ。

入る前に、もしも歓迎されなかったらどうしよう、と緊張する。
だがそれよりも、浴衣がほしい気持ちのほうが勝った。
意を決して入った瞬間、店内の、たくさんの着物が目に入る。
見回しても着物ばかり!という憧れの光景を、この時初めて見ることができた。

 

店内に入れたのはいいが、ここで問題が発生する。
見た目だけでは、普通の着物と浴衣の区別がさっぱりつかない。
つまりどれも同じに見える。
店員さんに話しかけていいものか。
高校の制服を着て、別にお金持ちのお嬢様でもない私が。
悩んでいたら、スーツのおじさま店員さんが声をかけてくれた。
普段私は、服を選ぶときはほうっておいてほしい派である。
だが、この時ばかりは大変ありがたかった。
「花火大会に行きたくて、浴衣で買いにきました。でも、どれが浴衣かわからなくて」と説明する。
店員さんは、浴衣エリアに案内してくれた。
ずらりと並んだ浴衣が宝の山に見えて、前に立っているだけでワクワクした。

店員さんに、着物初心者であることを伝えると、丁寧に説明を始めてくれる。
この生地は何で、柄は何々で、ここがオススメで、あなたに似合いそうなのは……。

こっそり心配していたような、バカにされたり邪険にされたりするようなことは、少しもなかった。

 

店員さんと見ていくうちに、一番気に入った浴衣があった。
淡いピンク地に、撫子、梅、牡丹、菊、桜、扇、鹿の子など、たくさんの柄の入った上品な浴衣。
ただし他の浴衣と比べて、だいぶお高め。
確か浴衣のみで、2万くらいしたかと思う。
他の浴衣は、帯もセットで1万ちょっとくらいだった。

数万払う覚悟があるとはいえ、安いにこしたことはない。
ピンク地の浴衣が気になった理由の1つは、撫子柄が好きだから。
だが撫子柄の浴衣は、他にも売っている。
わざわざ高い浴衣を買うより、他の浴衣でもいいのでは?とかなり悩んだ。
でも、ピンク地の浴衣の、全体の雰囲気も気に入っていた。
結局、高くても気に入ったものが一番だと考えて、ピンク地の浴衣を買うことにした。
紫色が好きなので、帯は紫色。
大きな撫子柄の紫の帯が売っていたので、帯はほぼ即決だ。
浴衣用の、着付けセットも買った。

金額はトータルで4万くらい。
違う浴衣を選べば、もっと安く済んだのだろう。
だが私は、そのピンク地の浴衣が気に入ったから、他の浴衣よりそれがほしかった。
わからないことがあったら聞きに来てね、という店員さんの優しい言葉をいただいて、店を後にした。

 

 

悲喜こもごも、花火大会


浴衣の着付けセットには、簡単な着付け方が書いてあった。
花火大会の前に慣れておこうと、家で何度か着付けを練習する。
4、5時間くらいかかったけど、初めてでもそれらしい形に着付けられた。
当日も、3時間くらいかけて自分で着付けて、家を出た。

 

花火が始まる少し前の時間に、花火大会会場で、友達と待ち合わせ。
お互いに浴衣姿を褒めあい、会場内をうろつきながら、花火を待っている間までは良かった。
花火があと数十分で始まる、という頃から、だんだん雲行きが怪しくなってくる。
空がみるみる暗くなっていき、ちらほらと帰りだす人も出始める。
どうしようか、いやでももしかしたら大丈夫かも、と友達と悩む。
そのうち、ついに大きな雷の音とともに、どしゃぶりが始まってしまう。
幸い、折りたたみ傘は持っていた。
友達と二人で入りながら、慌てて雨宿りできる場所へ向かった。

 

ようやく屋根のある場所に着いたときには、二人とも見事な濡れねずみ。
傘をさしていても、激しい雷雨のせいで、あまり意味がなかったのだ。
せっかく着付けた浴衣も、自分なりにセットした髪も、不慣れなメイクも、台無しになってしまった。
どちらの浴衣も、絹の生地ではなかったので、それだけは不幸中の幸いである。
絹の生地の着物が濡れると、縮んだり、シミができたりしてしまうのだ。
この時の浴衣は、ポリエステルや麻、綿。
つまり雨に濡れても、大丈夫な生地だった。

花火は雨で中止になってしまった。
「でもせっかく浴衣なんだし、せめてお店に入って話そうか」と提案してみる。
だがどこのお店も、急な雷雨で同じように避難したお客さんがいっぱいで、空いていない。
仕方なく、今日はもう帰ろうか、風邪引いちゃうし、とそのまま別れて、家に帰った。

その後の浴衣と私の行方

高校3年時の浴衣の出番は、結局、この花火大会のときだけだ。
翌年からは、高校を卒業してみんな忙しく、花火大会どころではない。
かといって、一人で浴衣を着てお祭りに行く度胸も、当時はなかった。
当時、浴衣はお祭りや花火大会の時しか、着てはいけないと思っていたから、他に着る機会もなく。
かといって、普通の着物に手を出そうと思えるほどのお金も、相変わらずなし。
だからその後何年も、着物や浴衣を着る機会はないままだった。

 

私が本格的に着物を着始めるのは、このどしゃぶり花火大会からさらに3年半ほど後。
和風ゲームにはまり、着物を着たい気持ちが再び爆発してからだ。
それまでこのピンク地の浴衣も、タンスの中でずっと眠っていた。
今は、お祭りや花火大会以外でも着ている。
たとえば、夏のちょっとしたお出かけに。
一人旅の時の、宿泊先での寝巻代わりに。
お祭りや花火大会でなくても着ていいのだと、着物に少し詳しくなった後に知ることができたからだ。

 

私のカジュアル着物ニストへの道は、この浴衣とともに踏み出したのだ。
何度も着ているからのりが落ちてちょっとクタクタな浴衣になってしまっているが、購入から5年以上経っても現役。
今もお気に入りの特別な浴衣である。

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